どんな具象系の画家も、自分の内面を通し、常に「何を」描くか懸命に探している。「何を」さえ決まれば、「どのように」描くかは、おのずと定まってくるからだ。
 そのようなモチーフ探しについていえば橋本勝さんは、まことに恵まれている。学校の機械科を卒業し、大企業の自動車会社へ入社。材料研究所に配属され、光弾性応力解析や材料分析などに従事する。それから技術者生活も安定した20数年後、勤務の傍ら、もう一つの路へと果敢に分け入って行く。
 当時、中央美術協会に所属し、横須賀の名伯楽としても慕われる堀江半杓子さん(現在、二期会会員・女流画家協会委員)の絵画教室へ入る。まさしく四十の手習いである。そこでしばらくして選んだモチーフが、自動車の部品を初めとするさまざまなモノたちだった。職場で眼に親しみ、記憶するモノの蝟集するかたちを、キャンバスに再現的に構成しようとしたわけである。
 ユニークな着想と技術者らしい精緻なテクニックが、たちまち注目されるようになる。数年後には、師と同じ中央美術協会の会員となったばかりか、具象系絵画の登竜門として名高い安井賞展や安田火災美術財団奨励賞展にも推薦出品され、現在の画壇的ポジションを築く足掛かりをつけ、現在に至っている。
 皆さんは会場で、橋本勝さんの油彩画をどのようにご覧になるのだろうか。大作がずらりと並ぶので、横須賀では随分頑張っているのだなとその努力を讃えたり、機械の部品や超高層ビルがぎっしり詰まった近未来都市を精緻に描く技術に驚嘆したり、さまざまだろう。多くは最初、バランスのとれた造形美に瞠目するに違いない。次には、もしかしたら、眼前に展がる都市景観に或る種の不安感を覚えるのではないだろうか。それは紛れも無く、近未来に繋がる現実社会の光景をシンボリックに作画しているせいなのだ。
 橋本勝さんは画家になったけれど、これまで技術畑を一筋に歩んできたので、昨今の科学技術の加速度的進展に対し、一方的異議を唱える立場にはないだろう。今回の個展の副題ともなっているように、彼は人間社会と「サイエンスとの共生を求めて」いり。その願いをストレートに表出した作品として、例えば「始動の気配」(画集作品No.1参照)がある。明日へ向かって始動しようとしているのは、自動車のエンジンだけでなく、鳥の卵もまたそうなのである。
 繰り返すようだが、皆さんは多くの作品を前にして、構成的造形の妙を堪能すると同時に、どうしても、現在と近未来に対する一抹の不安感をも搔き立てられずにいられなくなるかもしれない。画家の意図せざる意図を、皆さんがかえって感受することになるのだ。それこそがまた、橋本勝さんの‘メカニズム絵画’の大きな力、というべきなのではなかろうか。現代そのものをシンボリックに開示することによって、状況の行方の判断を一人一人に委ねようとするわけである。 橋本勝さんのユニークな‘メカニズム絵画’が、初見する人々の眼と心に、はたしてどのように映るのか。その波紋の拡がりに、大いに注目したい。
第3回橋本勝油彩展(兵庫県淡路島しずかホール2007.7)寄稿文